中央アジアでベーチェット病を調査する

北市伸義
北海道医療大学 眼科学系教授/国際ベーチェット病学会評議員

 ベーチェット病はその世界分布に特徴があり、北緯30°から45°のユーラシア大陸 / アフリカ大陸北部に多発するため、シルクロード病とも言われます。しかし内陸部の中央アジア諸国は現在まで残る未調査地域です。

 2015年9月、国際ベーチェット病学会理事長でもある大野重昭・名誉教授と、日本人医師として初めてカザフスタンとキルギスを調査しました。シルクロードの「草原ルート」上に位置するアスタナ(カザフの現首都)、「オアシスルート」上に位置するアルマトイ(カザフの旧首都)とビシュケク(キルギスの首都)を訪れました。いずれも住民の大多数はチュルク系遊牧民族の末裔です。

 日本での診療を終えてその夜の便で成田へ。翌朝の便で韓国のソウルへ、そこで乗り継いで週に2便しかない路線でカザフのアルマトイへ。翌日、カザフ国内線でアスタナ到着。翌朝、カザフ国立アスタナ眼科センター病院に向かいますが、この時点ですでに札幌を出て4日目です。しかし苦労した分、現地医師の情熱は素晴らしく、全土から夜行列車等で100名以上が聴講に集まりました。アスタナのあと南部のアルマトイへ移動し、両地で患者診察と助言を行いました。前房蓄膿をともなう典型的なぶどう膜炎発作の患者もおりました。キルギスのビシュケクでは国立病院3カ所に加えて視覚障害者施設、障害者認定委員会、厚生省および同大臣、大使公邸なども訪問して様々な角度から現地の医療状況を把握しました。

 今回の調査でシルクロード内陸部の諸民族にベーチェット病が存在することを確認し、将来の国際共同研究のタネを蒔くことができました。カザフは原油、天然ガス、ウランなどを産する資源大国ですが、過去には旧ソ連の核実験場があり、多くの人が原爆症で苦しんでいる一面もあります。それを長年援助してきたのが同じ被爆国の日本(長崎大学)ということで、日本人医師は尊敬を集めます。一方のキルギスは山岳地帯の最貧国ながら人々の外見は日本人とよく似ており、自分達を日本人と同一民族だと信じる親日国でした。

 ちょうど滞在中にカザフの通貨「テンゲ」が暴落して経済が混乱しました。訪問直前には韓国で中東呼吸器症候群(MERS)が大流行、さらにキルギスのビシュケクでは反政府武装勢力との銃撃戦がおきるなど治安面でも不安定な地域です。しかし、現地のベーチェット病治療はいまだにステロイド薬が中心で、原田病に至っては診断法もよく知らないという状態です。我々北海道大学眼科のもつポテンシャルを生かすとともに、日本の諸先生方が長年積み重ねてこられたものに泥を塗らぬよう、微力ながら世界に貢献していかねばという思いを新たにしました。