北海道大学大学院医学研究院 眼科学教室

齋藤 理幸 Saito Michiyuki

Physician-Scientist

臨床の「問い」から、視覚の未来を拓く
眼循環・構造・AIの統合による「Physician-Scientist」の挑戦と、次世代医療へのビジョン

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序論:Physician-Scientistとしての原点と使命

医療技術がいかに進歩し、診断ツールがどれほど洗練されようとも、私たち医師の原点は常に「目の前の患者様を救いたい」という臨床現場での切実な思いにあります。私はこれまで、網膜硝子体手術のエキスパートとして、増殖糖尿病網膜症、増殖性硝子体網膜症(PVR)、難治性網膜剥離、そして難治性黄斑円孔といった、失明に直結する重症例の治療に全力を注いでまいりました。

病棟医長を務めた直近の3年間では、手術室の運用効率化とチーム医療体制の抜本的な改革を断行し、個人の執刀・指導を含む硝子体手術件数を年間657件(従来の約1.7倍)へと飛躍させました。この北海道内で最多の実績は、広大な医療圏における「最後の砦」としての責務を果たすとともに、若手医師に多様かつ豊富な修練の場を提供する基盤となっています。

「なぜこの病態が生じるのか」「なぜ同じ治療を施しても治癒する人と再発を繰り返す人がいるのか」

しかし、数多くの難症例と向き合う中で、「なぜこの病態が生じるのか」「なぜ同じ治療を施しても治癒する人と再発を繰り返す人がいるのか」という、既存の教科書やガイドラインでは答えの見つからない疑問(Clinical Question)に直面し続けてきました。これらの疑問を研究室(Bench)に持ち帰り、科学的な手法で解明し、得られた知見を再び臨床(Bedside)へと還元する。この「臨床と研究の循環」こそが、私が追求する Physician-Scientist(臨床医科学者) の在り方であり、教室員と共有したい核心的な価値観です。

本稿では、私が取り組んできた「眼循環生理学」「Pachychoroid(パキコロイド)病因論」「AI(人工知能)解析」という3つの軸を中心とした研究の軌跡と、それらがどのように融合し、未来の眼科医療を変えようとしているのかについて、最新の研究成果を交えて包括的にご報告いたします。

02

眼循環研究の深化:
炎症と鬱滞の鑑別におけるパラダイムシフト

私の研究キャリアは、北海道大学眼科入局後早期に、網膜硝子体チームのチーフを務めておられた齋藤航先生のご指導のもとで開始した「眼循環研究」に端を発します。当時、眼底の血流を非侵襲的かつ定量的に測定・可視化できる Laser Speckle Flowgraphy(LSFG) という革新的な技術が臨床導入され始めていました。私はこの技術を用い、これまで造影検査(FA/ICGA)による定性的な評価に留まっていた脈絡膜(網膜の外側にある血管豊富な層)の血流動態を、定量的な「数値」として評価する手法の確立に挑みました。

(1) 中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)における「過灌流」の発見と波形解析

研究開始当初、中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)は、脈絡膜の循環障害(遅延)や虚血が主病態に関与していると考えられていました。しかし、私は急性期CSC患者様の脈絡膜血流をLSFGで経時的に解析し、定説とは真逆の「脈絡膜過灌流(Hyperperfusion)」が生じていることを世界に先駆けて発見しました(図1 Br J Ophthalmol 2013)。

Figure 1

図 1 光干渉断層撮影における黄斑部の漿液性網膜剥離は3か月後に消失し(下段)、それとともに黄斑部のMBRは初診後6か月間で漸減している。(Br J Ophthalmol 2013)

さらに、血流の拍動波形(Pulse Waveform)を詳細に解析することで、CSC眼では血管抵抗が高く、血管壁のコンプライアンスが低下していることを示しました(図2 Invest Ophthalmol Vis Sci 2015)。これは、CSCにおける脈絡膜肥厚(Pachychoroid)が、単なる受動的なむくみではなく、交感神経亢進等による血管収縮と、それに抗う能動的な血流亢進によるダイナミックな変化であることを機能的に裏付けるものでした。

Figure 2

図 2 慢性的な交感神経亢進に関する急性CSCの病態を示す模式図。アドレナリンα受容体を介在する血管攣縮によって脈絡膜動脈の血流不均衡分布が生じ、アドレナリンβ受容体を介する心拍出量の増大と合わせて隣接する脈絡膜血流が増加する。(Invest Ophthalmol Vis Sci 2015)

(2) 炎症性パターン vs 非炎症性(鬱滞性)パターンの分類確立

さらに研究を進める中で、私は「脈絡膜肥厚」や「漿液性網膜剥離」といった一見類似した臨床所見を呈する疾患であっても、その成因によって血流プロファイルが明確に異なることを突き止め、新たな診断分類を提唱しました。

炎症性パターン(Vogt-小柳-原田病など)

炎症細胞の浸潤により循環抵抗が増大していますが、ステロイド治療により炎症が鎮静化すると、速やかに血流が改善(低下)し、脈絡膜厚も減少します。

VS

非炎症性・鬱滞性パターン(CSC、高血圧脈絡膜症)

これに対し、CSCや高血圧脈絡膜症(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 2020)では、解剖学的・静的な静脈還流障害による「鬱滞(Congestion)」とともに、交感神経亢進による「過灌流」が主体であり、炎症性疾患とは全く異なる波形・経過を示します。

この分類は、臨床現場において極めて重要な意味を持ちます。なぜなら、原田病にはステロイド大量投与が著効する一方で、CSCに対してステロイドは「禁忌(悪化因子)」だからです。LSFGによる血流パターンの鑑別は、侵襲的な検査を行うことなく、この治療方針を決定づける強力なバイオマーカーとして確立されました。

03

病態論の統合と展開:
CSCからPachychoroid、そしてAMDへ

眼循環の機能解析から得られた知見は、より広範な疾患概念である「Pachychoroid(パキコロイド)」、そして失明原因の上位を占める加齢黄斑変性(AMD)の病態解明へと繋がっていきました。ここには、私の研究を一貫して流れる「Pachychoroidの病態解明」というテーマがあります。

(1) 日本人AMDの「約50%」はPachychoroidに関連する

欧米では、AMDの主因は加齢に伴う老廃物(ドルーゼン)の蓄積とされています。しかし、私たち日本人の臨床現場では、ドルーゼンが目立たないにもかかわらず発症する例が多く見られます。最新の疫学研究や私たちの解析により、日本人AMD患者の約半数が、Pachychoroidに関連した病態(Pachychoroid-driven AMD)であることが明らかになってきました。これは、欧米主導のガイドラインをそのまま適用するだけでは不十分であり、日本人特有の病態に基づいた診断・治療戦略が不可欠であることを意味します。

(2) 脈絡膜静脈の形態異常とPachychoroid

では、なぜPachychoroid関連疾患では脈絡膜が肥厚し、病的な新生血管(MNV)や滲出が生じるのでしょうか。その根本原因として、眼球から血液を排出する「脈絡膜静脈(渦静脈)の形態異常」が考えられます。

特に、特定の渦静脈が非対称に拡張している所見(Asymmetric Dilated Vortex Veins: ADVV)や、静脈間の吻合異常は、単なる個人差ではなく、病的な「静脈鬱滞」を示唆しています。

2022年にJapanese Journal of Ophthalmologyで発表した論文(Hirooka K, Saito M et al. "Imbalanced Choroidal Circulation...")では、この仮説を裏付ける決定的なデータを示しました。ADVVを有する眼において、拡張した静脈の血流指標(MBR)は10.11であり、正常な静脈の13.49と比較して有意に低下していたのです(P=0.03)。「血管が太いのに流れが遅い」、これは出口(強膜貫通部など)に狭窄があり、行き場を失った血液がダムのようにせき止められている(鬱滞している)ことを生理学的に証明するものでした。

(3) 「2-hit theory」の提唱

CSCからPachychoroid、そしてAMDへと至る一連の病態を包括的に説明するために、私は「2-hit theory」を提唱しました。

1st Hit (素因)

脈絡膜静脈の形態異常(ADVV)や強膜肥厚といった、静脈鬱滞を起こしやすい構造的な脆弱性。

+
2nd Hit (トリガー)

ストレス、交感神経亢進、ステロイド使用、高血圧、妊娠などによる急激な血流負荷。

=
Pachychoroid Disease

代償機能破綻 → CVH/SRF発生 → PNV/AMDへ進展

04

Oculomicsの展開:
眼循環研究からAIによる全身解析へ

その中で、眼循環研究の一環として、眼底写真から全身の血管状態を評価するAIを用いた眼底画像の解析研究(Oculomics)にも取り組み始めました。眼底は人体で唯一、血管を非侵襲的に直接観察できる器官です。私は、これまで培った循環研究の視点とAI技術を融合させることで、「目は全身の窓」を科学的に実証することに挑戦しました。

(1) ディープラーニングによる血管計測の自動化

Oculomicsの基盤となるのは、眼底写真から網膜血管を正確に分離・定量する技術です。

私たちは、U-Netアーキテクチャを改良した独自のディープラーニングモデル(HURVS: Hokkaido University Retinal Vessel Segmentation model)を開発し、2021年のOphthalmology Science誌に発表しました(Fukutsu K, Saito M et al.)。このAIモデルは、血管セグメンテーションにおいて、正解率(Accuracy)0.967、特異度(Specificity)0.985、感度(Sensitivity)0.778、AUC 0.98という、State of the artを達成する極めて高い精度を実現しました。これにより、数万枚規模の画像データを自動解析し、微細な血管変化を「数値」として捉えることが可能となりました (図3)。

Figure 3

図 3 Deep learningを用いて自動的に動脈・静脈を眼底写真上から同定し全自動での解析が可能になった。A. Deep learningを用いた入力画像および動静脈予測画像の代表例。B. 動脈面積・静脈面積の分布。C. 動脈面積と静脈面積の相関。(Ophthalmol Sci 2021)

(2) 大規模解析による性差と加齢変化の解明

この技術を応用し、約1万眼のデータを解析した大規模研究を、2025年のOphthalmology Science誌に発表しました(Mitamura M, Saito M et al.)。

解析の結果、網膜動脈面積(AA)は男女ともに加齢で減少しますが、そのパターンには劇的な性差があることが判明しました。特に女性では、54歳を境に減少率(回帰直線の傾き)が-38.3から-170.0へと約4.4倍に急加速することが明らかになりました(P<0.001)(図4)。これは閉経によるエストロゲン低下が微小血管に与える影響をAIが鋭敏に捉えたものであり、眼科検査が女性の心血管リスク管理における重要なバイオマーカーとなり得ることを示す画期的な成果です。

Figure 4

図 4 女性の年齢による動脈面積の変化。若年女性群(橙色)と高齢女性群(紫色)における回帰直線の傾きの差は、54歳をカットオフ値にしたときに最も顕著であり、若年女性群における回帰直線の傾きは男性よりも緩やかであった。(Ophthal Sci 2025)

(3) IOVS論文とbaPWV予測モデル

さらに2025年、Investigative Ophthalmology & Visual Science (IOVS)に発表した論文(Saito M et al. "Retinal Arteriovenous Information Improves the Prediction Accuracy...")では、眼底写真から動脈硬化の指標であるbaPWV(脈波伝播速度)を高精度に予測するAIモデルを構築しました。

この研究の核心は、単に画像を学習させるだけでなく、前述のHURVSモデルを用いて抽出した「動脈」と「静脈」の位置情報をChannel AttentionとしてAIに組み込んだ点にあります。その結果、3つの情報(眼底写真+動脈マップ+静脈マップ)を入力したモデル(図5)は、相関係数 R = 0.704 という極めて高い精度でbaPWVを予測することに成功しました。これは、眼科検診が全身の血管リスク管理に直結することを示す強力なエビデンスです。

Figure 5

図 5 HURVSモデルを用いて抽出した「動脈」と「静脈」の位置情報をChannel AttentionとしてAIに組み込んだ3-inputモデルは、相関係数 R = 0.704 という極めて高い精度でbaPWVを予測可能であった。(Invest Ophthalmol Vis Sci 2025)

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AIによるPachychoroidの定量化:
HUPIの確立と個別化医療

そうして培ったAIの技術をpachychoroidの探究に活用し、 私は長年の課題であった「Pachychoroidの客観的診断」に挑みました。これまでPachychoroidの判定は医師の主観的な経験則に頼る部分が大きく、定量的な評価には限界がありました。

Hokkaido University Pachychoroid Index (HUPI) の開発

そこで私たちは、ディープラーニングを用いてEDI-OCT(深部強調OCT)画像の脈絡膜テクスチャや血管構造を解析し、その眼がどれほどPachychoroid的であるかを0から1の数値で表す「Hokkaido University Pachychoroid Index (HUPI)」を開発しました。

2025年のJournal of Clinical Medicineにおける報告(Saito M et al.)では、滲出型AMD症例をHUPIで解析し、以下の画期的な結果を得ました(図6)。

Figure 6

図 6 加齢黄斑変性のタイプ別Hokkaido University Pachychoroid Index(HUPI)の比較。PCV、Type1 MNV、Type2 MNVの順にHUPIが高く病態におけるPachychoroidの影響が強いことを示している。(J Clin Med 2025)

  • ポリープ状脈絡膜血管症(PCV) HUPI 0.61
  • Type 1 MNV HUPI 0.53
  • 典型的AMD(Type 2 MNV) HUPI 0.33

PCVやType 1 MNVは有意に高いHUPI値を示し(P<0.0001)、これらがPachychoroidという共通の土壌から発生していることがAIの「目」を通じて実証されました。さらに、HUPIは脈絡膜血管透過性亢進(CVH)や網膜下液(SRF)の存在と強く相関しており(図7)、AMDを「Pachychoroid駆動型」と「ドルーゼン駆動型」に明確に分類する指標となります。これは、個々の患者様に対し、抗VEGF薬が良いのか、それともPDTが必要なのかを判断する「層別化医療(Precision Medicine)」の強力なツールとなります。

Figure 7

図 7 加齢黄斑変性における各臨床所見の相関関係をみた模式図。矢印の太さは多重回帰分析による各変数ペアの標準化回帰係数(β値)を示し、各臨床所見はドルーゼン駆動型とPachychoroid駆動型に分類されることが明らかになった。(J Clin Med 2025)

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現在進行中のプロジェクトと
未来への展望

これらのAI研究の実績が高く評価され、私は日本医療研究開発機構(AMED)の医学研究支援プログラムにおいて、総額約7億円の研究費が配分される学内12名の主任研究者(PI)の一人に選出されました。

この強力な支援のもと、現在は以下の2つの革新的な研究と、基礎研究への回帰を進めています。

(1) 脈絡膜間質液体積(CIFV)の定量化:新たなゴールドスタンダードへ

これまで概念上の存在であった「脈絡膜のむくみ(間質液)」を、3D-SS-OCT画像からAIで分離・定量する世界初のアルゴリズム開発(CIFVプロジェクト)を進めています。

従来の「脈絡膜厚」だけでは、血管が太いのか、間質がむくんでいるのかの区別がつきませんでした。CIFV(Choroidal Interstitial Fluid Volume)は、この間質液成分のみを定量化するものです。これが確立されれば、ぶどう膜炎やPachychoroid疾患の炎症・鬱滞の程度を客観的に評価できるようになり、治療効果判定における新たなゴールドスタンダードになると確信しています。

脈絡膜管腔(赤)と間質液(青)の3Dイメージ

(2) 基礎研究による証明:VIPR2ノックアウトマウス

臨床で見出した「2-hit theory」の遺伝的背景を証明するため、基礎研究にも注力しています。CSCのリスク遺伝子として同定されたVIPR2(血管拡張やストレス緩和に関与)に着目し、VIPR2ノックアウトマウスを用いた実験系の確立を目指しています。

このマウスにストレス負荷(Second Hit)を与えることで、脈絡膜の形態や血流がどのように変化するかを生体内で観察しています。これは、臨床の疑問を分子レベルのメカニズムへと還元し、根本的な治療薬の開発へと繋げるための重要なトランスレーショナルリサーチです。

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結びに:教育と地域医療への誓い

私のこれまでの研究成果は、決して私一人の力によるものではありません。福津佳苗先生(血管計測AIアーキテクチャ・Oculomics)、三田村瑞穂先生(AIによる網膜血管解析・糖尿病黄斑浮腫病態解析)、をはじめとする多くの優秀な後輩たちが、私の指導のもとで筆頭著者として国際的なトップジャーナル(Ophthalmology Science, J Clin Med, Graefes Arch等)に論文を発表し、フラテ研究奨励賞、大塚賞、学会賞など数々の栄誉ある賞を受賞してくれました。彼らが自立したPhysician-Scientistとして世界へ羽ばたく姿を見ることこそが、教育者としての私の最大の誇りです。手術教育においても、大学での高度な「アドバンスド・トレーニング」に加え、関連病院での「ベーシック・トレーニング」プログラムを構築し、北海道全体の医療レベル向上(均てん化)に努めてまいりました。私が目指す教室の姿は、高度な臨床能力と独創的な研究能力を兼ね備えた人材が育つ「土壌」となることです。

AMEDの大型支援を追い風に、AI研究と基礎研究を加速させ、北海道大学から世界へ向けて「Pachychoroidの真理」と「Oculomicsによる予防医療」を発信し続けます。そして、開発したAI診断アルゴリズムを「遠隔診断システム」として社会実装し、北海道のどこに住んでいても専門医レベルの診断が受けられる未来を実現すること。これこそが、私が果たすべき使命であり、揺るぎない約束です。

皆様の温かいご指導とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

齋藤 理幸