北海道医療大学 教授就任挨拶(2013年)

北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系 教授
北海道大学大学院医学研究科炎症眼科学講座 客員教授
北市伸義

 2013年7月1日付けで北海道医療大学教授、8月1日付けで北海道大学客員教授を拝命致しました。北海道医療大学にはこれまで眼科の教授職はなく、初代となります。

 私は1968年、北海道南部にある歴史の町・江差で生まれ、高校教師である父の転勤で3歳から小学5年生まで空知管内秩父別町で過ごしました。その後、父の地元である札幌市中央区へ転居・転校し、札幌市立円山小学校、国立北海道教育大学教育学部附属札幌中学校を卒業しました。

 中学時代、従伯父である北市陽一・北海道大学文学部(のち言語文化部)英語系教授が編集した中学英語検定教科書が全国で採用されており、実際私自身もその教科書で中学3年間英語を勉強しました。「学力さえあれば、北大へおいで。英語を教えてあげよう」と言ってくれたおじは、その後あいにく53歳で急逝しました。もうその約束は永遠にかないませんが、未来に貢献する「教育」という仕事の大きさを感じ、大学に勤めるという生き方を初めて意識しました。その後、道立北海道札幌北高等学校を経て北海道大学医学部医学科に進学致しました。

 1993年に北大医学部卒業。ちょうど留学から帰国されたばかりの笹本洋一先生に眼科のお話を伺って松田英彦教授が主宰されていた北大眼科に入局し、小竹聡先生がチーフを務めておられたぶどう膜炎グループに所属させて頂きました。1996年から4年間の大学院博士課程では北大免疫科学研究所(現・遺伝子病制御研究所)病理部門の小野江和則教授の元で眼免疫学を学ばせて頂きました。その後2年10ヶ月間、南場研一先生の後任として米国ボストンのハーバード大学医学部スケペンス眼研究所に留学の機会を頂きました。当時ボストンには若き日の石田晋教授もおられました。

 留学して間もなく、ハーバード大学医学部 NIH 眼疾患分子基礎プログラム研究員(5名)にその年唯一の外国人として採用され、その後文部科学省から日本学術振興会特別研究員に選抜して頂きました。

 帰国後は大野重昭教授の元で助教・外来医長等を務めさせて頂くとともに、臨床、研究、学会発表から生き方までご指導賜りました。2010年に北海道医療大学の眼科に准教授職が新設され、石田晋教授のご指導とお力添えで着任しました。さらに2013年7月1日付けで教授職が新設され、全国公募を経て昇任させて頂いたものです。7月20日の同門会では心温まる立派な祝賀会を催して頂き、感激致しました。現在も今後も北大眼科とは緊密に連携させて頂きたいと思っております。

 これまでご指導賜りました同門の諸先生に心から感謝申し上げるとともに、今後ともお力添えのほど何とぞよろしくお願い申し上げます。