研究主任挨拶

 

COVID19はこれまで各国がその国是として、また様々な業界が過去数十年にわたって注力してきた「グローバリゼーション」という活動に急ブレーキをかけました。情報通信技術と航空輸送の発達が進むことで人もモノも情報も瞬時自由に駆け巡れた世界は今、物理的にはほぼ分断された状態が続いています。その結果、重要な話や大切な相談を電話やメールでするのはけしからんと教育されてきた私たちは、リモートでほとんどの会議体や学術活動を行なうようになりました。そして、それが実は大変効率の良い方法であること、また社会活動として今後も容認されるであろうことを知ってしまいました。疫病はこれまでも幾度となく人類の価値観・倫理観を書き換えてきましたが、このwithコロナの時代に私たちも元の社会通念に戻ることはすでに難しそうです。

この環境下で、臨床研究やそれに関する活動形式もきっと変わっていくと思います。これからの研究活動はどうなるのか、皆様にもお考え頂く機会になればと思い、私見を並べてみることに致しました。

 

1)学会発表

 これまで各種学会は、学術活動の成果を自分の声で会場の聴衆に伝えることのできる大切な場所でした。あがり症の私は少しでも内容がうまく伝えられるようにと、身振り手振り、マイクでの発声、レーザーポインターの使い方など「演者」としての練習ばかりしていました。でも、あの壇上に立つスタイルからWEB開催への移行によって、「演者」に求められる要素はきっと変わっていくのでしょう。今後はきっとそういう小技は通用せず、スライドやポスターの内容に学術的価値があるかが全て、という本来あるべき姿に戻るのだと思います。また、今までのように一度講演したら終了とならず、オンデマンドで何度も繰り返し視聴されますから、データの整合性や考察の妥当性についても今まで以上に検証されるのではないかと考えます。これから学会発表は、口頭で行う論文報告のようなものになるのかもしれません。

 

2)論文報告

 今後、学会発表が論文報告同様の形式となるならば、どのような影響が生じるか考えてみました。今まではまず学会発表を行って、その過程で得られたデータや知識、そして学会の質疑応答で頂いた指摘内容を吟味するなどして論文を作成する、というのが一般的であったかと思います。しかし、これからはアイデアやデータの盗用を避けるため、また研究の新奇性を担保するために、学会発表よりも論文報告を優先して行う慎重な施設が増えるのかもしれません。また、論文報告はインパクトファクターという評価が得られますので、世の研究者が学会発表よりも論文執筆に、日本の先生はより一層英文論文に今後重きを置くであろうことは想像に難くありません。その結果、論文投稿に関しては競争化が進むでしょうし、内容的に充実した論文がより一層求められるようになるだろうと予想します。それ自体はとてもいいことですが、そういった影響で日本語の雑誌や国内学会が衰退したり、predatory journalが跋扈したりする世の中にならなければいいな、と個人的には思います。

 

3)今後の学術活動に求められること

 このように学会発表や論文報告を取り巻く環境が変わって行くのであれば、今まで以上にデータから論理的解釈を紡ぎ出す思考力やそれを正確に伝達する能力が求められるようになると思います。しっかりとした研究成果を国内外に発信できるように、そういった能力を効率良く磨いていたいものです。その点において、私はグローバリゼーションや国際化の重要性を全て否定する者ではありませんが、論理的思考を人に伝えるにはまず自国の言葉でトレーニングした方が効率は良いと思いますし、いい英文論文を書くにはまず自らの考えを母国語で過不足なく伝えられることが必要だと思っています。それが、和文雑誌や各種学会は存続して欲しい、インパクトファクター重視になって安易なpredatory journalへの投稿が増えないで欲しい、と考える理由です。

 上記のようなことを見据えつつ、北大眼科の若い世代の皆さんには英語のスキルや国際力を高めてもらいながら、論理性の高い優れた学会発表や論文報告を今後も継続してもらえるように、臨床研究委員会も引き続きサポートをしていきたいと考えております。北大の臨床研究が円滑に進められるように常日頃尽力してくれているコアメンバーの木嶋理紀先生、齋藤理幸先生、田川義晃先生にはこの場をお借りして心から感謝を申し上げます。

 

 中世ヨーロッパで流行したペストは社会に大きな負の影響を与えましたが、人の内面的な思索を深めさせ、やがてイタリアを中心としたルネサンスを生み出す要因にもなりました。COVID19によって社会が大きく変わろうとしている今、私たちの学術活動もグレートリセットの時期にあってその内容や手法を早急に刷新する必要に迫られていると感じています。