私は鳥取大学医学部を卒業後、1999年4月に鳥取大学医学部器官病理学の大学院に入学させていただきました(井藤久雄教授)。

 入学当初は当該院の方針で1年間、鳥取大学第二内科に毎日研修に行かせていただき、消化器内科(6か月)、肝臓(3か月)、腎臓グループ(3か月)に所属しました。

 この間、病理学の仕事に従事することはあまりありませんでしたが、幸いにも1999年にC型肝硬変患者に封入体筋炎を合併した稀な症例を経験し(今でもその患者のお名前、表情、腹部の触診所見を覚えております)、筋生検の病理組織学的所見、HCVと酸化ストレスマーカーである8-OHdGの免疫組織化学を学習し検討し、初めての医学論文を公表しました(Kase S, et al. Liver 2001)。

 その翌年から、病理学の大学院生として外科病理学と実験病理学を徹底して学びました。学位論文はヒト食道扁平上皮癌(SCC)におけるFas/Fasリガンドの発現とアポトーシスについてまとめました(Kase S, Int J Oncol 2002)。

 その後の大学院の研究において腫瘍のアポトーシスや新生血管における、アラキドン酸代謝経路に重要な役割を果たすシクロオキシゲナーゼ(COX)の関与について研究を行い、食道SCCのみならずその前癌病変である異形成においてもCOX-1/2の発現変化があること(Kase S, et al. Pathobiology 2004)、食道SCCにおけるCOX-2の発現が腫瘍細胞のアポトーシス減少と腫瘍新生血管に関連すること(Kase S, et al. Virchows Arch 2003)、COX-2選択的阻害剤投与によるp27(KIP1)を介した細胞周期停止の機序を解明しました(Kase S, et al. J Clin Exp Cancer Res 2004)。

 その後、北海道大学眼科に入局し、眼部の増殖性疾患における細胞周期タンパクの発現解析を行う機会を得ました。

 当時、細胞周期においてG1/S期のアクセル役としてはcyclin D、抑制タンパクとしてはp27(KIP1)が重要な役割を果たすという認識でした。正常の結膜上皮細胞や網膜ミュラー細胞においてはp27(KIP1)がユビキタスに発現し、他方cyclin Dは発現していないのですが、私は翼状片の上皮の増殖に上皮細胞におけるp27(KIP1)の発現低下、cyclin D1の発現亢進があることを示しました(Kase S, et al. Br J Ophthalmol 2007)。

 水晶体上皮細胞においては、後発白内障の形成における水晶体上皮細胞の増殖にp27(KIP1)の発現低下が関与すること(Kase S, et al. Curr Eye Res 2005)、加えてp27(KIP1)のセリン10リン酸化が関与していることを報告しました(Kase S, et al. Int J Mol Med 2006)。

 角膜上皮の創傷治癒の過程においても、p27(KIP1)スレオニン187のリン酸化が関与することを報告しました(Kase S, et al. Curr Eye Res 2006)。網膜においては特発性網膜前膜、実験的網膜剥離におけるミュラー細胞の増殖にp27(KIP1)の分解とcyclin D1の発現亢進が重要な役割を果たすことを確認しました(Kase S, et al. Br J Ophthalmol 2006; Kase S, et al. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 2006)。

 加えて、小児の代表的な網膜悪性腫瘍である網膜芽細胞腫において、正常網膜に比較し、腫瘍細胞においてp27(KIP1)の発現が低下すること(Kase S, et al. Anticancer Res 2005)、腫瘍細胞の核分裂においてp27(KIP1)スレオニン187リン酸化が見られること(Kase S, Int J Mol Med 2006)を示しました。

 これらの網膜におけるp27(KIP1)に関する一連のデータを集計し、総説として報告しました(加瀬 諭、他.日眼会誌 2007)。

 以上より、私の研究歴は大学院における食道癌のアポトーシス、細胞周期の解析から端を発し、眼部増殖性変化におけるp27(KIP1)の解析へと発展しました。

ヒト食道扁平上皮癌におけるFas (左図)とFasL (右図)の免疫活性を示します。

      

 

 

 

 

 

 

 

培養食道癌細胞におけるCOX-2選択的阻害剤(NS-398)添加による細胞周期関連タンパクの変化を示します。

COX-2を発現するTE-12細胞では、NS-398添加により(48時間)cyclin B1の発現抑制、P27の発現上昇が見られました。

    

ヒト網膜芽細胞腫におけるp27(KIP1)スレオニン187リン酸化を示す。

核分裂期において前期(a: prophase)、中期(b: metaphase)でp27(KIP1)のリン酸化が見られますが(矢印)、後期(c: anaphase)ではリン酸化が見られなくなります。